◆ 可愛いオトメのつくりかた。 ◆



ぷろろーぐ 的な

桜並木の下を恋人と二人で歩く――なんていうのはきっと、乙女の一生の夢だ。もしかしたら男子にとってもそうなのかもしれないが。そして私も例に洩れず、そんなコトを夢見る女の一人だった。
麻倉和紀。それが私の名前。カズノリじゃなくてミキと読む。よく男の子と間違えられるこの厄介な名前を、私は結構気に入っていた。少し意識して低めの声で話せば男の子にも聞こえる自分の声も気に入ってたし、髪の毛だって中学の頃からずっとショートカット。…私は、『男の子として生まれたかった』。
最初の発言と矛盾するとか言うツッコミは要らない。女で生まれてしまったのだから仕方ないことなのだ。そんな風に夢見たい時期だってある。・・・私は『男の子として生まれたかった』というどうしようもない願望と、『素敵な恋人と出会ってみたい』といういかにも女の子らしい願望の狭間で揺れていた。
もうすぐ、四月。漫画や小説でずっと憧れていた高校生活の幕が上がろうとしていた。



1.それは必然でも偶然でもなく、ごく当たり前に起こる出会い

待ちに待った入学式。形式通りのそれを終え、私達は真新しい制服を着て、新しい教室に入っていた。緊張しているのは皆同じらしく、強張った表情の人が何人かいる。そんな中でも新しい学校での新しい友達を作るべく、あちらこちらで自己紹介や挨拶をする声が聞こえた。やはり私も例外でなく、入学式から担任が教室へ来るまでの短い時間に友達が出来ていた。青山美優ちゃんと遠藤加奈ちゃん。白い肌が綺麗で、とても女の子らしいふわっとした雰囲気の子が美優ちゃんで、少し天然気味で、おっとりしたやわらかい雰囲気の子が加奈ちゃんだ。二人ともとても可愛い子だった。

その後、ホームルームでは担任の先生―優しそうな女の先生だった、ラッキー―が適当に挨拶をして、時間割を配ったり、必要書類を回収したりしてその日は終わった。
せっかくだからと、美優ちゃんと加奈ちゃんと帰ることにする。女子高生らしく恋バナや中学時代のことについて話しながら、楽しく帰った。



2.雑談あふれる昼休み、それは分かりやすく些細なはじまりのきっかけ

時は流れて五月。人間の順応能力はやはり素晴らしいもので、学校の何処を曲がれば何処に出るのかだとか、昼休みは誰とどう過ごすかだとか、この高校で過ごす粗方のことが既に習慣になってきた頃の話。

「和ちゃんは誰か気になる人いないの?」
「あ、それは私も聞きたいです」
和ちゃん、というのは無論私のことである。仲の良い友達は皆私のことを『和ちゃん』と呼ぶ。小学校の頃、男の子に生まれたかったという話をしたときにつけられたあだ名だ。
「和ちゃんって、私達の話はよく聞いてくれるでしょう?」
そうだね、女の子の話は聞いていて楽しいし。
「でも、和ちゃん自身の話ってあまりしないから」
いやでもいざ自分が話すとなると恥ずかしいんだよ、いろいろと。
「だから、」
『たまには和ちゃんの話が聞きたいんだけど』、という二人の声が被った。うあ、何だこの拷問。
残念ながら高校で気になる男子や先輩を見つけられておらず、まぁたまに恋に恋する程度(あくまでたまに、だ)だった。だから二人が期待するような面白い話はないよ、ごめん。
そんなコトを伝えると、二人は少し相談をするようにした後、私に向かって素晴らしいほどの笑顔を見せた。…嫌な予感がするのは気のせいだといって欲しい。



3.笑顔の裏には何がある?待ち合わせは五分前集合で

「和ちゃん、今度三人でお買い物に行かない?」
美優ちゃんが満面の笑みでそんなことを言ってきたのは、昼休みに好きな人云々を聞かれた次の日のことだった。昨日のあの何とも嫌な予感のする笑みを思い出しながらも、いきなりどうしたの、と返しておく。
「偶には皆で行きたいな、って思って。ね、良いでしょ?」
手を胸の前で合わせるようにして、上目遣いでおねだりしてくる(…って、この表現もどうかと思うが)その姿は、うん、女の私でもどうにかなっちゃいそうなくらい可愛かった。
「…私は構わないけど」
「本当!?やったっ。じゃあ次の土曜日、駅前に集合ねっ」
とびっきりの笑顔を残して、美優ちゃんはパタパタと走っていった。

土曜日。私が駅前に行くと、二人は既にそこにいた。
「ゴメン、待った?」
「全然待ってないよー」
「私達も今来たところです。それにまだ五分前ですし」
小走りで二人の元へ急ぐと、二人とも笑顔で私を迎えた。
その辺の男の子と間違えられても文句は言えなさそうな私の格好に対して、美優ちゃんは春らしいピンク色の可愛いワンピースがとても似合っていて、加奈ちゃんは淡いグリーンのブラウスと白いシフォンスカートがこれまた凄く可愛らしい。思わず浮かんだ言葉は両手に花、だった。



4.個人の好みと、それが似合うかどうかは別の話

美優ちゃんと加奈ちゃんに連れられて入った店には、とても可愛らしい服がたくさん売られていた。まさに女の子、といった雰囲気のふわふわ感たっぷりの洋服たちを前に、私は例の嫌な予感が当たっていたと実感していた。
「絶対似合うから、着てみようよっ」
「私もそう思います♪」
二人の笑顔が怖い。ちなみに美優ちゃんの手にあるのは、薄い水色の、フリルがたくさんついたワンピース。それを私に着せようと、二人が迫ってくるのである。
「ほら、私こういう服ってタイプじゃないし…」
「大丈夫大丈夫!絶対似合うから!」
「え、ちょ、」
「店員さん、試着室は…こっちですね、ありがとうございます」
結局二人に引っ張られるようにして、試着室に押し込まれた。
目の前にある水色のワンピースを見る。それは凄く可愛らしくて、美優ちゃんや加奈ちゃんのほうがきっととても似合うのに、と思った。試着室の外で二人がせかす声がする。
「…はぁ」
大きな溜息をついて、ようやくそのワンピースに袖を通した。

「可愛い…!」
「和ちゃん、よくお似合いです…!」
あぁ、そうかい。二人が喜んでくれたなら嬉しいよ。こっちはかなり羞恥プレイだけどね!…なんて声には出さず、(でも二人が喜んでくれるのは本当に嬉しいんだ、)曖昧な笑顔を返しておいた。
「よし、これ買お!店員さーん、これ買いまーす!」
「え、ちょ、美優ちゃん!?」
「大丈夫ですよ、お金は私達が出しますから」
「それは悪いって…!!」
必死に止めるも、結局二人によってそのワンピースは購入され、そのまま私にプレゼントされた。



5.笑顔の裏の種明かし、大変身のその後は

洋服店を出た後、そのまま靴屋でも可愛らしい靴をプレゼントされた。ものすごく悪い気がしたけれど、安いから大丈夫、と押し切られてしまった。そんなこんなで、買い物が終わる頃には私の格好は二人に負けず劣らず女の子らしいものへと変わっていた。美優ちゃんと加奈ちゃんはうんうんと頷き、私の肩にポン、と手を置いた。
「すーっごく似合ってる。さすが私!」
「はい、最初のかっこいい格好もとてもよく似合ってましたけど、こういった格好も凄く似合ってます♪」
二人に笑顔で言われて、何だか気恥ずかしい。凄く小さな声でそうかな、と返すとあったりまえでしょ、という美優ちゃんの言葉が返ってきた。そして、じゃあシメに行きますか、と言って再び歩き出す。
「え?」
「ついてこれば分かりますよ♪」
二人に手を引っ張られて、私も歩き出した。

着いたところは、小洒落たケーキ屋さんだった。どうやら予約済みだったらしく、加奈ちゃんが名前を告げると予約席と書かれた席に案内された。
そして席につくと同時に運ばれてきたケーキ。
その上にのっているプレートを見て、私は今日一日の出来事をなんとなく理解した。
ちょっと早いけど、と加奈ちゃんが前置いて、美優ちゃんと声を合わせる。
「「和ちゃん、誕生日おめでとうっ」」



6.変革は誰のために起こるでもない、それは唯自らのために

美優ちゃんと加奈ちゃんは、私の誕生日が近いことと、この前の私の発言―恋に恋する云々のところ―を聞いて、二人で今日の計画を立てたらしい。春先であまり覚えられることの無い自分の誕生日。だからすっかり失念していた。本当はいつばれるかと思ってひやひやしてたんだけど、とは加奈ちゃんの言だ。
「和ちゃんったら、全然気づかないんだもん」
だから杞憂だったけどね、と美優ちゃんが笑う。全然気づかなかったよ、本当にありがとう。そう伝えると、どういたしまして、という笑顔が返ってきた。

ケーキも食べ終わり一息ついたところで、私は何でこんな可愛らしい服や靴を送ろうと思ったのかを聞いてみた。
「和ちゃんってさ、凄く可愛い女の子なのに、いつもそれを封じ込めようとしてるでしょ?」
確かに…そうかもしれない。何せ、男の子として生まれたかったって言う願望があるくらいだ。
「だからもっと自信持っても良いんだよ、っていうのが伝われば良いなって思ったんです」
自信?
「そう!さっきも言ったけど、和ちゃんは可愛い『女の子』なの。可愛くないからとか、似合わないとかじゃなくて、自分に自信がないだけなんだよ。だから好きな人だって探そうともしてなかったでしょ?」
「大切なのは心構えなんです♪キモチ次第で物事は全て変わって見えますから」
ありきたりな言葉かもしれませんけど、と加奈ちゃんは付け足す。
「心構え…」
あぁ、そうか。何となくだけど理解した。私が『男の子として生まれたかった』と言ってみたり、『素敵な恋人に出逢ってみたい』と思ってみたりした理由。
「美優ちゃん、加奈ちゃん」
「ん?」
「何ですか?」
「ありがとう、だいすきだよっっ」



えぴろーぐ 的な

桜並木の下を恋人と二人で歩く――なんていうのはきっと、乙女の一生の夢だ。もしかしたら男子にとってもそうなのかもしれないが。そして私は今、そんな乙女の夢を実現させようとしている。
「ミキ」
落ち着いたトーンで発される自分の名前を、私は凄く気に入っていた。あまり多くを語らないで、二人でゆっくりと歩く。時折吹く風は、水色のワンピースをふわりと揺らした。…私は、幸せに満ちていた。
一年前の私とは違う。今隣に居る彼と出逢い、一緒に過ごした半年間。そしてそれに至る前に、大事なことに気づかせてくれた美優ちゃん・加奈ちゃんとの一年間。哀しいことや辛いことがなかったわけじゃない。けれど、それはとても充実した一年間だった。これからもまた季節はめぐり、哀しいことや辛いこと、嬉しいことや楽しいことがたくさん待っているのだろう。それを思うと、私は楽しみで仕方ない。
もうすぐ、四月。新たな一年の幕が上がろうとしていた。



end.





あとがき。

 約一年半ぶりの新作短編でした。Vampirシリーズでは、キャラや世界設定をがっちり決めてかかっていたので、シリーズ番外編の短編なんかも書きやすかったのですが、いざ連載が終わり何かを一から書こうと思ったら、生み出す、というのは大変難しい作業であったことを思い出しました。まぁ苦労したらその分愛着も湧くんですけどね。
 というわけで今回の『可愛いオトメのつくりかた。』ですが、正直、超難産でした。特に書きたいことがあるわけでもなく、何となくで書き進めた感じが否めません。最初は恋愛要素を抜くつもりだったんですが、如何せん結局恋愛に逃げてしまいました。でも『恋愛』って青春の一ページには欠かせないと思うので、皆様たくさん恋してくださいね(え)。
 タイトルは途中で思いついてつけました、水瀬にしては遊び心多めにしたつもりです(笑)。
 遊び心といえば、このお話にはこぼれ話があります。これは某声優さんの曲を聞きながら、そのネタを使わせてもらいつつ勢いで書いたものです。まさに遊び心満載です。
 それでは、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。



可愛いオトメのつくりかた。こぼれ話。





(初出:2008年度4月度『白い壁27号』掲載。)






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