桜咲く、あの丘で。 桜 きっと、見とれていたんだと思う・・・レンズ越しに見た、あいつに。 まるで、その桜に宿る妖精のような。 穢れの無い・・・そんな感じの、あいつに。 地元の駅から少し離れた位置にある小さな丘。 とても綺麗な桜が一本、植わっている。 俺は、この桜が好きだった。 幾度となく、カメラを持ってここへ来た。 いつ来ても、とても綺麗で。 時が過ぎるのも忘れて、写真を撮ったりしていた。 そして―――――あいつを見つけたんだ。 木の上のほうから、微かに聞こえてきた歌声。 とても澄んだ、音。 それはまるで、天使の歌声のようだと、そう思った。 レンズ越しに、歌声の聞こえてきたほうを見る。 そこに、あいつがいた。 とても楽しそうに、 まるで悲しい事など何も無いとでもいうかのように、歌う彼女。 手を伸ばして掴んでしまえば、壊れてしまうような気さえもした。 まるで、現実味のない世界。 幻想的過ぎて、目眩がした。 ぷつりと、歌が止む。 「貴方・・・誰?」 そいつも俺に気付いたらしく、そう声をかけてきた。 「俺は・・・和哉。二階堂和哉(にかいどう かずや)。君は?」 「私?私はね、桜。」 「さ・・・くら?」 そいつが答えたその名前。 果たして、本名を言ったのか、それがまったくわからなかった。 「・・・・・・なんてね。嘘だよ。」 そいつが笑って、枝から飛び降りる。 ふわり。 まるで、羽根があるかのようにも見える、その動作。 「私の本名は、雪菜。御堂雪菜(みどう ゆきな)って言うの。嘘ついてごめんね?二階堂先輩」 「え・・・・・・」 そいつは、俺の事を二階堂先輩と呼んだ。 どこかで、会ったことでもあるのだろうか。 記憶に、ない。 「あ、やっぱり覚えてないかな?1回、図書室まで案内してもらったことがあるんだけど・・・」 その言葉に、ふとよみがえる、記憶。 あれは、去年の事だった。 校舎内で迷ってる新入生を見かけて、案内した事があった。 まるで、硝子のように綺麗な女。 あの女も、御堂雪菜って言っていたか・・・? 「思い出してくれた?」 「あぁ。2年の御堂さん・・・だよな?」 「大正解っ♪」 満面の笑顔。 まるで、砂糖菓子のような。 穢れのない、優しい笑み・・・・・・ それからしばらくの間、お互いの事を話し合って。 彼女は、よく笑った。 とても、優しい笑顔。 俺はまるで癒されていくようだった。 人の笑顔というものは、こんな風に人を癒せるものだったという事を、改めて感じた。 「そういえば、どうして御堂さんは桜の枝の上にいたんだ?」 ふと、疑問が浮かんで聞いてみる。 するとそいつはにこりと微笑み、言った。 「桜に、なってみたかったの。」 「は?」 「桜って、綺麗じゃない?特に、ここの桜は。 だから、桜の目線で、いろんなものを見たかったって言うか・・・ 上手く説明できないんだけど、ね。」 桜になってみたかった、か・・・・・・ そんな風に考える人も、いるんだな・・・・・・でも。 「俺は、御堂さんが桜じゃなくてよかった。」 「え?」 「御堂さんが桜だったら、こうして俺とも会えなかっただろ? 話す事も、出来なかったはずだ。 俺は、御堂さんが人間でよかった。」 こうして、会えた事がとても嬉しいと思う。 俺は、人間に生まれてきてよかったと。 「うん、そうだね。私も・・・・・・人間に生まれてきて、よかった。先輩に、会えて・・・よかった。」 また、そいつが笑う。 「御堂さん・・・いや、雪菜・・・・・・・・・好きだ。」 「え?」 俺の口から自然に出た言葉。 この短時間の間で、俺はそいつの事がどうしようもなく好きになっていた。 そいつが笑うたび。 自分の事を話すたび。 どんどん、その存在が大きくなる。 でも、そのままにしておいたら。 桜の花びらのように、どこかに飛んでいきそうだった…だから。 「好きだ。」 言葉に、した。 「私も・・・好き。」 そいつから返ってきた言葉。 「私も、好きだよ。」 そいつが、にっこりと微笑む。 今までで、1番優しい笑顔。 この日から、俺と雪菜は付き合う事になった。 それから、また幾つもの年が過ぎた。 今日は、俺と雪菜の結婚式の日。 「雪菜」 「・・・和哉」 ―――――永遠に、愛してる。 桜咲く、あの丘で。 *After talk* 最初に、夢小説としてこの話を書いたのは2004年の4月でした。 そして2004年9月に小説化。既に2年も前の話です・・・・・・。 特に加筆修正も入れていませんので、色々とおかしな部分も多いかと思いますが。 個人的に、話の題材はかなり気に入ってます。・・・いつかきちんと書き直したいです。 水瀬 海未架 2006/3/18